media

 

先日曲を公開しました、タイトルは「media」です。

キーワードはおおよそ「伝達」。私たちの多くが伝達手段を完全な者として考えてはいるが、その完全性なんて結局のところ大したものではないということを考えている。

 

そもそも言葉などはゲームであり、私の発している言葉とあなたが発する言葉が完全に同じ意味を有していることはありえず、所詮はその合致性をめぐってゲームをしているにすぎないということは20世紀の哲学者ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」理論のはず。

 

でも誰もそのことに気づいていない。

言語のが不透明なものであるい以上、人間関係のコミュニケーションはさらに不透明なはず。

にもかかわらずこの情報過多の時代に人間がより他者よりも多くの情報を得ることで自分の存在を高めようとしているこの現状は危機的ではないだろうか。

 

コミュニケーションでさえも不完全なのに、ましてや一度人間の手が加わったものを、私たちは正しいと思い込んでいるような現状が存在しているように思えます。

それでも私たちはその脚色された情報にすがらなければ自分の信じていいものが分からなくなってしまう。現代社会はとうとうそこまで至ってしまいました。

テレビの時代が終わって、インターネットの時代の中での私たちはどこに向かうのか。

そこには恐らくコントロールされる社会があるのだろうと思います。

 

最後に、自分が最近大きな影響を受けた人の言葉を残します。

”We shape our tools and then our tools shape us”.

「我々は道具を生成し、道具に我々は作られる。」

マーシャル・マクルーハンです。今日7月21日は彼の106年目の生誕日ということで、タイトル含めて「media」でした。

 

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